投資信託の歴史
証券会社は、支店網が少ない中、一ヶ月据え置き後出し入れ自由(正確には30日未満の解約には信託財産留保金が必要)、銀行預金を上回る実質金利で一ヶ月複利などの商品性を持つことから人気商品となった中期国債ファンドといった預金類似商品の開発などにより投資信託の大衆化を図った。
その後、バブル期には株式投信が著しく増加を示し、1989年には58兆円(公社債投信含む)に上った。しかしながら、バブル崩壊、その後の金融不安、低成長が続く中、株式投信は運用難で基準価額は低迷し、多くの投資家が損失をこうむった。
なぜなら上場不動産投信は会社型法人であるので、上場廃止となれば紙屑となるからです。これに対して、公募不動産投信は複数の上場不動産投信(J-REIT)に投資している
ため分散投資効果があり、紙屑となるリスクは相対的に低いのです。